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香港の従業員福利厚生ガイド:MPF・医療保険・法定有給・給与計算実務

香港で従業員を雇用する場合、法定福利厚生の遵守は事業運営の基本です。一方で、香港は日本と比べて法定義務の範囲が限定的であり、医療保険は法的義務ではないにもかかわらず事実上の必須給付となっています。本ガイドでは、法定要件・市場慣行・税務上の取り扱いを体系的に整理し、日本人従業員雇用時の固有事項も網羅します。


1. 法定福利厚生の概要

香港の「雇用条例(Employment Ordinance:EO)」が規定する法定福利厚生は、以下の3本柱で構成されます。

  1. MPF(強制性公積金) — 強制積立退職金制度。雇用主・従業員それぞれが月給の5%を拠出。
  2. 法定休暇 — 年次休暇・病気休暇・法定祝日・出産/陪産休暇を含む法定最低基準。
  3. 雇用保険(労災) — 従業員補償条例(Employees’ Compensation Ordinance)に基づく労働災害補償保険への加入義務。

医療保険(グループ医療)は法定義務ではありません。しかし香港の労働市場では事実上の必須給付とみなされており、提供しない企業は人材採用において著しく不利になります。


2. MPF(強制性公積金)

MPFは1995年制定・2000年施行の法定退職金制度で、香港で就労する全ての従業員(18-64歳、就労1ヶ月超)が対象です。

拠出率と上限:

区分 拠出率 月給適用範囲 最大拠出額/月
雇用主 月給の5% HKD 7,100-30,000 HKD 1,500
従業員 月給の5% HKD 7,100-30,000 HKD 1,500
月給HKD 7,100未満の従業員 雇用主のみ5% 全額

月給HKD 30,000超の従業員については、雇用主・従業員ともに上限HKD 1,500での拠出となります(任意の上積み拠出は別途可)。

MPF登録と運用: 新規雇用から60日以内に承認MPFプロバイダーへの登録が必要です(AIA、Manulife、HSBC MPF、BCT等)。各プロバイダーが提供する複数のファンド(株式型・債券型・保守型等)から従業員が運用先を選択します。雇用主はMPF拠出を損金算入可能。


3. 法定休暇一覧表

休暇種別 法定日数 条件/給与
年次休暇(Annual Leave) 7日(勤続1年)~14日(勤続9年以上) 勤続年数に応じ逓増;有給
病気休暇(Sick Leave) 年間36日間積立(最大120日) 1-3日:半給;4日以上:5/6給与
法定祝日(Public Holidays) 17日 有給
出産休暇(Maternity Leave) 14週 最初の14週:80%給与
陪産休暇(Paternity Leave) 5日 有給(80%給与)
服喪休暇 法定なし 市場慣行3日が多い

年次休暇の最低日数は勤続1年目は7日ですが、市場慣行では入社初年度から12-15日提供する企業が多く、これを下回ると採用競争力に影響します。


4. 医療保険

法的義務:なし

しかし実態として、香港の上場企業・外資系企業では全従業員へのグループ医療保険提供が標準慣行です。保険料は雇用主全額負担(または雇用主8割・従業員2割)が一般的。

VHIS(自願醫保計劃)認定プランの税務メリット: 香港政府が2019年に導入したVHIS(Voluntary Health Insurance Scheme)認定プランを従業員に提供する場合、雇用主は保険料を損金算入できるだけでなく、従業員個人も所得控除(HKD 8,000/人)の恩恵を受けられます。

プランタイプ 年間保険料目安(従業員1名) カバー範囲
VHIS スタンダードプラン HKD 4,800〜8,000 入院・手術・化学療法等
VHIS フレックスプラン HKD 8,000〜25,000以上 スタンダード+外来・歯科等追加可
グループ医療(非VHIS) HKD 3,000〜6,000 入院+外来(基本型)

スタートアップ・SMEには、AIA/Prudential/Cignaのグループプラン最小2名から加入可能な商品が適しています。


5. 給与計算と税務申告

給与支払サイクル: 月1回または2週間ごと。雇用条例上、給与は「賃金期間終了後7日以内」の支払いが必要。

IR56B(年次雇用主申告書): 雇用主は毎年4月1日〜4月30日の間に、IRD(税務局)へIR56B(従業員給与報告書)を提出義務があります。電子申請(eTax)または紙申請が可能。各従業員の給与・MPF拠出・福利厚生の合計額を報告します。

MPF拠出の損金算入: 雇用主拠出分(月最大HKD 1,500/人)は全額損金算入可。利得税(Profits Tax)の課税所得から控除されます。

給与税の源泉徴収: 香港は日本の「源泉徴収制度(withholding tax)」を採用していません。従業員個人が毎年自ら給与税申告書(BIR60)を提出します。雇用主の源泉徴収義務は原則ありませんが、従業員の退職・出国時にはIR56Gを提出し、IRDへ通知する義務があります。


6. 日本人従業員雇用時の特別注意事項

日本と香港の社会保険協定:不存在

日本と香港の間には社会保険協定(二重加入回避協定)が存在しません。そのため、日本から香港に派遣された従業員は、原則として日本の社会保険(健康保険・厚生年金)と香港のMPFの両方への加入義務が発生する可能性があります。

実務上の対処法:

MPF帰国時の脱退一時金: 永住権を持たない外国人が香港を永久出国する場合、MPF残高(雇用主拠出分を含む)をEarly Withdrawal(早期脱退)として一括受け取り可能です。出国前にMPFトラスティへの申請が必要。


7. 競争力ある福利厚生パッケージの目安

ポジション 月給目安(HKD) 医療保険 MPF(雇主) 年次休暇 交通費補助 昼食手当
エントリー(事務職) 18,000〜22,000 グループ医療 HKD 900〜1,100 12日 なし HKD 800〜1,200/月
ミドル(専門職・マネージャー) 35,000〜60,000 VHIS対応 HKD 1,500 15〜18日 あり HKD 1,500〜2,000/月
シニア(部門長・VP) 80,000以上 VHIS フレックス HKD 1,500+ 20日以上 あり 現金支給
日本人駐在員 80,000〜150,000 海外医療保険 HKD 1,500 20〜25日 住宅手当 日系企業規定による

市場競争力のある福利厚生パッケージを構築することが、香港での優秀人材獲得における最重要戦略のひとつです。特に医療保険と年次休暇の条件は求職者が最初に確認する項目であり、法定最低基準の提供だけでは採用活動が困難になります。